校正という仕事柄、どうしても気になる表現があります。そのひとつに「●●感を感じる」という表現があります。
これまで誤用であると認識していたのですが、最近の小説などでは普通に出てくる表現になってきていて「もしかして今は間違いではなくなった?」と気になり、調べてみました。
- 間違いと指摘する人もいれば逆の人もいる
- 「違和を感じる」という表現はアリかナシか
- 重言と仮定するならば
- 辞典での検証
- 「感じる」を言い換えるには?
- 違和感以外には何がある?
- 読者にアレ?と思わせない気配りも大事
間違いと指摘する人もいれば逆の人もいる
実は「違和感を感じる」という表現は、間違い派と間違いではない派に意見が分かれています。私は専門家ではないので、どちらが正しい、とは断言できません。
ただ校正者としては、間違いと思われる可能性が高い言葉は、問題がなければ別の表現に変えることをおすすめします。読者が気になる表現を使い続けた結果、そちらに気を取られ、伝えたいことが伝わらなくなる可能性があるからです。
スムーズに読んでもらうためには、わざわざ問題になるような言葉のチョイスは避けるのが無難というのが持論です。
「違和を感じる」という表現はアリかナシか
- 違和感を感じる
- 違和を感じる
おそらく前者を使っている人の多くは、「違和を感じる」という表現に違和感を抱いているのではないでしょうか。かくいう私もその一人でした。考え方が変わったのは一冊の本に出会ってからです。
『辞書の仕事』という本をご存じでしょうか。著者の増井元さんは、『広辞苑』『岩波国語辞典』など、辞典編集部に30年以上に在籍していた元辞典編集者の方です。この本には興味深い記述が出てきます。
不快感とまではいかなくても、ある年代以上の方には違和を感じさせることばであることはその通りでしょう。
増井元(2013年)『辞書の仕事』岩波書店 32頁
ただ、こうした例を書きとめるということは、当然そのことばや用法に何らかの違和感をおぼえたということです。「違和」の語が不適切だとすれば、少なくとも耳慣れない、よく言えば新鮮な感覚がありました。
増井元(2013年)『辞書の仕事』岩波書店 34頁
「違和を感じさせる言葉」「違和の語が不適切」といった表現が使われています。つまり私が耳慣れない言葉だと思った表現は、広辞苑の編集者の方は自然に使っている=おかしくない表現である、ということです。
重言と仮定するならば
重言とは、同じ意味の言葉を重ねて使っている表現のことです。重複しているので言い方を少し変える必要があります。
違和感=違和を感じる
違和感を感じる=違和を感じることを感じる
違和感は違和を感じることと仮定するならば、「感じる」を二度言う必要はありません。「違和を感じる」ことを簡略化して「違和感【名詞】」になったとするなら、やはり「違和感がある」「違和感を抱く」といった表現のほうがしっくりきます。
辞典での検証
「違和」を辞典で引いてみました。表記欄は省いてご紹介します。
いわ【違和】
①からだの調子がいつもと違って、どこかぐあいが悪いこと。
「からだに-を感じる/聴診的-」
②対象をすなおに受け入れたり環境に自然になじんだりするのに抵抗を感じること。
「-を覚える/感情の-が表面化して、はっきりした対立にまで進む」
『新明解国語辞典 第七版』三省堂
いわ【違和・異和】
①からだに感じる、なんとも言えない いやな気分。
「胃に-を覚える/-感」
②今までのもの・(まわりのもの)とあわなくて、しっくりしないこと。
「感情の-が表面化する」
『三省堂国語辞典 第四版』三省堂
いわ【違和】
①心身の調和が失われ、調子が変になること。病気にかかること。
②雰囲気にそぐわないこと。二つのものが調和しないこと。
『日本国語大辞典 精選版』小学館
いわ【違和】
からだの調和が破れること。転じて、他のものとしっくりしないこと。ちぐはぐ。
「-感」
『広辞苑 第六版』岩波書店
いわ【違和】
心や体の調和が失われること。
「心身に-が見られる」→違和感
『明鏡国語辞典 第二版』大修館書店
明鏡国語辞典以外では、違和は「抵抗を感じること・しっくりこないこと」と書かれていますね。次に「違和感」で引いてみます。
いわかん【違和感】
①生理的(心理的)にしっくり来ないという感覚や、周囲の雰囲気や人間関係と どことなく そぐわないという判断。
「-を与える」
②その人の理想像や価値観から見て、どこかしら食い違っているという印象。
運用:いつもと変わっていたり 今までいだいていたイメージが価値観と合わない点があったりして、その場(その事物)をそのまま受け入れることがためらわれる感じ。
「胃に-を覚える/-を与える(受ける)/景気の悪いこの時期に政府が増税しようとしていることには-がある」
『新明解国語辞典 第七版』三省堂
新明解さんの運用欄は第六版から設けられた欄で、実際に使う場面を想定した解説がまとめられています。この運用欄では「感じる」の表現は出てきていませんね。
蛇足ですが、用例欄を使った増税に対する政府への抗議は、新明解さんらしい表現だとつくづく思います。他の辞典ではこうもストレートに書かない……いえ、書けないでしょう。そこがこの辞典の魅力ですね。
いわかん【違和感】
調和を失った感じ。他と合わない感じ。しっくりしない感じ。
『日本国語大辞典 精選版』小学館
いわかん【違和感】
ちぐはぐな感じ。
「都会の生活に-を覚える」
『広辞苑 第六版』岩波書店
日本国語大辞典や広辞苑でも、用例に「感じる」は出てきていません。三省堂国語辞典は最新版の第七版なのですが、手持ちの第四版には項目自体がありませんでした。そのうち買い換えねば……。
いわかん【違和感】
周りのものと調和がとれていないという感じ。しっくりしない感じ。ちぐはぐな感じ。
「-を覚える[抱く・持つ・感じる]」
表現:「違和感を感じる」は、重言だが慣用で広く使う。
『明鏡国語辞典 第二版』大修館書店
明鏡は新語や俗語も積極的に取り入れ、柔軟な姿勢があります。他の辞典では載っていない言葉も先駆けて取り入れるため、「違和感を感じる」もよく使われている言葉として紹介されていますね。重言だけど、よく使われる表現。慣用で広く使うと言われると、そのとおりです。
しかし、辞典に載っているから正しい、とは一概には言えません。なぜなら時代と共に言葉の意味は、本来の意味ではないものが正しいと言われ、辞典の内容も変わりゆくものだからです。辞典に登場する言葉はその時代を映しているのかもしれません。
私が持っている辞典の数が少ないので比較が偏っていますが、用例に「感じる」を載せるのはまだまだ少ないようです。「多くの辞典で採用されていない=誤りだと感じる人が多い」とも言い換えられますので、「感じる」以外の言い方がベストなのでは、と私は考えます。
「感じる」を言い換えるには?
違和感のない言い換えの代表例をご紹介します。
- 違和感を抱く
- 違和感を覚える
- 違和感が残る
- 違和感を持つ
- 違和感がある
- 違和感もなく
- 違和感にとらわれる
- 違和感を消し去る
- 違和感を生じる
- 違和感が大きい
上記以外の表現も知りたい場合、三省堂のてにをは辞典がおすすめです。これは普通の国語辞典とはまったく異なる、マニアックな辞典です。なぜなら赤川次郎・芥川龍之介・村上春樹などの書籍で使われている表現を一冊の辞典にまとめたものですから。
単語の前に修飾する表現や、単語の後に続く表現が載っています。それだけです。意味は載っていません。でも、それがすごいのです。量がすごい。▲の記号があり、買った当初は使いにくいのですが、慣れたらこれが一番しっくりくる。無駄がない、それだけよく考えられた辞典です。
たとえば、違和感の項目には次のような記述があります。実際に載っているのは、項目名と括弧内の言葉です。
- 単語の前を修飾する言葉が5種類【例 (強い)違和感】
- 「が」の後につく表現が12種類 【例 違和感が(拭えない)】
- 「を」の後につく表現が4種類 【例 違和感を(与える)】
- 「に」の後につく表現が4種類 【例 違和感に(こだわる)】
「いつもと違う表現を使いたい」
「この表現で合っているか確認したいけど、辞典に載っていない」
「もっとボキャブラリーを豊富にしたい」
と思うときにぴったりの相棒です。校正や校閲を経て出版され、かつ多くの読者に支持されてきた作家たちの表現は信頼性があります。そして表現力も豊かです。小説を書く人や校正者をはじめ、ライターにも有益な辞典ですよ。
違和感以外には何がある?
- 信頼感
- 不快感
- 罪悪感
- 安心感
- 責任感
- 達成感
- 危機感 etc
「名詞」に「感じる」をつけるので、いくらでも作れちゃいますね。
読者にアレ?と思わせない気配りも大事
辞典は時代とともに言葉の意味が移りゆくものですし、国語は数学のようにハッキリとした正解はないのかもしれません。これだけ一般的になってきたので、そう遠くない未来、「違和感を感じる」が違う辞典でも容認される可能性もあります。
ブログやツイッターなどで、好きなように表現するのは自由です。その表現に信念があるなら、自分の意思を貫けばいいと思います。しかし、違和感がある表現を頻繁に使っている人より、好ましい表現を使っている人の方が親近感が湧くように、表現の仕方で印象は違ってきます。
ライターやアフィリエイターであれば、細かい表現にも気を配ってクオリティーの高い文章を意識することで、読者獲得や報酬アップにつながるかもしれませんよ。
あなたは、読み手がスッキリしない表現を使っていませんか?